スタディツアーのご報告


ストリートチルドレン芸術祭で企画されたスタディツアーの様子をご報告いたします。



2015年 ベトナム・フエ スタディツアー


2015年スタディツアーはベトナム・フエで行われました。ベトナム子どもの家、師範大学、カトゥー族の村などを訪れ、ベトナムの社会や文化を学ぶとともに、ストリートチルドレン芸術祭の活動で関わらせていただいている子どもたちに会うことができ、その実情を知ることができました。

我々の活動がなぜ行われており、また最終的にどのような結果を生み出しているのかを知ることができ、活動に対しての一層の責任とやりがいを感じることができました。また子どもたちと触れ合い、さまざまな困難を抱えて生きてきた彼らが、未来に多くの夢や希望を抱いて生きてほしいと強く感じ、改めてこれからの人生の中でできること、またしていかなければならないことを考えさせられるきっかけとなりました。

下記、参加学生によるレポートです。



1.活動趣旨

ストリートチルドレン芸術祭スタディツアーは、2008年モンゴル、2009年カンボジア、2010年バングラデシュおよびインド・ダラムサラと3年間におよび実施され、多大な成果を収めてきた。当地における寄付金贈呈、交流といった直接の金銭的・精神的支援はもとより、ツアーを経験してきた学生たちに対する教育的効果は非常に大きい。

2011年3月11日に発生した東日本大震災により、この年はツアーを実現することができなかったが、2012年及び2014年にはカンボジア王国の首都プノンペンでフリースクール「愛センター」を主催する渡辺藍さんにコーディネーターとして協力を得ながら、カンボジアスタディツアーを実施した。

2015年度ストリートチルドレン芸術祭スタディツアーは、設立以来運営の中心となってきた中島洋一郎先生をはじめとする社会人メンバー中心の企画である。毎回たくさんの絵を送っていただいているベトナム社会主義共和国フエ市の「ベトナム子供の家」を訪れて支援金を贈呈した。また、今後の活動の源となる子どもたちの描いた絵を受け取り、その子どもたちと交流した。

さらに、少数民族や世界遺産、著しい経済発展の実情などについても学ぶことができた。日本語を学ぶベトナム人学生との交流機会も持つことができ、有意義な研究旅行であった。

こうした様々な体験を通じて、日本との違い、その土地の人々の暮らし等、様々なことを実際に感じ学ぶことが本ツアーの主旨であった。




2.活動内容・日程

S/N 日にち 都市 スケジュール
1 12月23日(水) 成田
成田発
ダナン着
ダナン発
フエ着
成田空港第1ターミナル集合&チェックイン
ベトナム航空にて空路ダナンへ
空港にてお出迎え、ダナン市内にて麺類などの夕食
陸路、フエへ(約2.5時間)
ホテルチェックイン
2 12月24日(木) フエ 「子どもの家訪問」
施設案内、小山先生の講演
子ども達からの歓迎の歌や踊りなど
子どもの家にて昼食
子ども達と自由交流
支援金授与式
2016カレンダーに向けての絵の受け取りなど
市内レストランにて夕食
3 12月25日(金) フエ 障害児リハビリセンター平和村訪問
※枯葉剤、貧困問題について考える
市内レストランにて昼食
フエ高等師範大学訪問
日本語を学ぶ学生と交流
市内レストランにて夕食
4 12月26日(土) フエ 少数民族の村訪問(支援物資贈呈&交流
陸路、カトゥー族の村近くの町へ(約1.5時間)
カトゥー族の村近くの町の食堂にて昼食
カトゥー族の村訪問
支援物資贈呈、交流など
陸路、フエへ(約2.5時間)
市内レストランにてご夕食
5 12月27日(日) フエ 船でティエンムー寺へ&見学
専用車にて王宮へ&見学
市内レストランにてご昼食
カイディン(西洋建築)&ドゥック(中国建築)帝廊見学
※途中、山のお茶屋さんで休憩
市内レストランにて夕食
6 12月28日(月) フエ
フエ発
ホイアン着
ホイアン
フーバイ工業団地にあるHUDAビール工場見学
陸路ホイアンへ(約3時間)
市内レストランにて昼食
ホイアン旧市街散策
市内レストランにて夕食
7 12月29日(火) ホイアン発
ダナン着/発
成田着
ホテルチェックアウト後、ダナン空港へ
ベトナム航空にて帰国の途へ
成田空港着


3.調査報告

1.「ベトナム子供の家」

この日、私たちは実際に絵を描いてくれている子供たちに会うためベトナム子供の家(以下、子供の家)を訪れた。子供の家は日本人の小山道夫先生が創設したストリートチルドレンのための保育・教育施設である。午前中は施設の見学と歓迎会が行われた。施設には図書室や勉強するための教室もあり、日本語で書かれている本もあった。

歓迎会では恥ずかしがりながらも子供たちが歓迎の歌をうたってくれた。お昼ご飯を彼らと一緒に食べることになり子供たちと交流できると楽しみに思ったがその反面、不安もあった。言葉が通じないのに彼らとコミュニケーションを取れるのだろうか、私たちをどんな目でみているのだろうか。しかし、そんな不安も杞憂であった。現地のガイドさんを通して話したり簡単な英語で会話をしたりした。食事は一見、質素に見えるが栄養が考えられていて美味しかった。子供たちはごはんを食べる際、配膳と片付けが当番制になっていて自分たちで用意していた。子供の家の創始者である小山道夫先生が1人の人間としての自立が必要とおっしゃっていたがこれはそのための一歩だと思った。

食事後、男の子たちとサッカーをした。彼らは普段空いている時間は勉強やサッカーなどをしていると言っていたため、みんな上手かった。言葉は通じなくても彼らと同じことをして楽しめることが嬉しかった。このサッカーをした場所は学校でいう校庭のような場所で日本人の学生が作ったと言っていた。子供の家はたくさんの人に支えられていることを実感した。

サッカーをした後、折り紙、絵を描いてくれた子へのインタビューや私たちが持ってきた絵の具を使って絵を描いた。折り紙では何を折ろうか迷っていた時に一人の男の子が身振り手振りで彼独自の面白い折り方を教えてくれた。二人で同じものをいくつも作り一緒に記念撮影した。インタビューでは子供たちの笑顔の裏にある厳しい体験を直接聞くことができた。Aちゃんは6歳の頃、両親が互いに恋人を作り出て行ってしまった。Bくんは母親が病気になってしまい、父親も求職中で兄弟も多くみんなで暮らしていけないため子供の家にきた。子供の家で暮らす子供たちそれぞれのバックグラウンドを知ることで私たちの活動の必要性を再認識し、今後の活動の意欲を高めることが出来た。

上田


2.「障害児リハビリセンター平和村」

障害児リハビリセンター平和村(以下、平和村)は1995年西ドイツの協力を得て設立された。平和村は1日に40人近くの外来があり、他にも入院設備もあり、20~30人が入院できるようになっている。障害による体の麻痺や脳性麻痺の患者が多く、15歳までの障害児がリハビリや理学療法、言語治療を受ける。平和村のあるフエは人口が多いため障害児専門となっていてフエ以外の土地からも患者さんが訪れている。

障害の原因は枯葉剤や妊婦の薬の服薬、農薬など様々である。先ほど入院設備があると記述したが原則、継続的に入院出来るのは50日間と決まっているが、50日間入院している人は少ない。なぜなら、平和村に来院する多くは農村の子供のためである。入院期間内は最低でも家族が1人は付き添わなければいけない。そうなると家業である農業に支障がでてしまうのである。

私たちが平和村を訪れたとき、未来のリハビリ技師が授業を受けていた。同じ福祉の道を歩むものとして負けられないと思うと同時に彼らの力によって1人でも多くの障害児が救われることを願う。

上田


3.「フエ高等師範短期大学」

スタディツアー三日目となる12月25日、私たちは師範大学を訪れ、現地の学生との交流を行いました。初めての同年代の人々との交流ということもあり、初めは緊張しましたが、大変有意義な時間を過ごすことができました。初めに師範大学の代表から挨拶をいただき、グループに分かれてのディスカッションやゲームを行い交流を深めました。

彼らとの交流のなかで非常に大きく印象に残ったことが一つあります。それは、日本人との学びに対する姿勢の違いです。彼らは学びに対しとても貪欲で、それを心から楽しんでいるよう に感じられ、私も含め、日本の学生は見習わなければいけないと強く感じました。

日本人にとって学校へ行けることは当たり前であり、一生懸命勉強しなくてもたいていは、それなりの仕事に就け、それなりの生活を送れますが、一方でベトナムではそれらは当たり前のことではなく、彼らの努力によって勝ち得なければならないのです。またその機会すら手にできない子どもたちも多く存在していることもまた事実です。それはベトナムに限ったことではなく、視野を広げてみれば、機会を得ることができない子どもたちは数多く存在します。勉強できることが当たり前ではない中で、学校に行くことができるのだから、彼らはそれを楽しみ、そして幸せに感じ、学びに貪欲なのではないかと感じました。

一方で日本人はどうでしょうか。以前までの自分自身、友達、小学生・中学生を見ても、勉強できることに幸せを感じている子供たちはあまりいないように感じられます。経済面ではベトナムと比べ大きく発展してはいるものの、このような点で日本人の学生は、甘えを多く持っており、結果として、自分がなにをすべきか分からない状態に陥る学生が増えるのではないかと感じました。日本の学生の多くは学ぶ権利を持っているのであるから、広い視野と責任を持って、世界における自分の役割を認識していく必要があるのではないかと感じました。

またこの日の交流で、一部の学生との仲を深め、フエを出る日までの三日間、スケジュール上の日程以外の時間でも交流を深めることができました。学校内のみならずプライベートな生活にも触れることができ、ベトナムの社会や文化をより深く、肌で感じ学び取ることができました。そして何よりも、大切な友人ができたことが非常に価値のあることであったと考えております。

山本


4.「カトゥー族の村」

旅の四日目、私たちは少数民族であるカトゥー族の村を訪問しました。現地で子どもの家を経営されている、小山道夫さんに御同行いただいての訪問となりました。フエ市内から山奥にある村への道中、車内ではベトナム社会に関することから、その他にもさまざまな事も先生にお伺いでき、大変勉強になりました。そして村に到着すると、挨拶をした後、カトゥー族の紹介をいただき、歓迎の踊りで我々を出迎えてくださいました。

それはカトゥー族が誇る独自の文化でありますが、またベトナムにはその他多様な民族存在し、それぞれの歴史や文化を持っています。しかし、このような文化がベトナムの一党独裁政権やグローバリゼーション等の社会的影響によって薄れてしまっているという現実を学びました。未来に向かって変化を遂げていくことは事実として重要でありますが、その土地の歴史や文化を守るため、陰に隠れがちな、少数民族を初めとする社会的弱者への負の影響もより考慮されるべきであると感じました。

また歓迎の踊りの後には、民族の伝統的な食事をいただき、現地の同年代の学生や幼い子どもたちとの交流を行いました。カトゥー族の人々は、先日出会った日本語学校の学生と違い、日本語は当然として英語の教育も受けていないようで、言語はほぼ全く通じないボディーランゲージでの会話となりました。初めは互いに戸惑いましたが徐々に慣れ、交流を深めることができました。言葉ではなく動きや表情で会話をする経験は普段あまりなく、貴重な経験となりました。

また子どもたちとも言語が一切通じないなかで、走り回り、おやつを食べたりなどして交流しました。子どもたちの笑顔の輝きや純粋さは、言語を通すことなしでも感じることができ、人種や国を超えてのつながりを感じ取ることができました。

山本


5.「ベトナムの歴史に触れる」

〈ティエンムー寺〉

ティエンムー寺は禅寺で煉瓦造り、中国の影響を色濃くうけた八角形七層の塔が特徴であり慈悲塔といわれている。塔の左右にお堂があり、それぞれ鐘と石碑が安置されている。上から見ると亀のような形をしている。ティエンムー寺には小さなお坊さんがたくさんいた。驚いたことにベトナムのお坊さんはみんな坊主なのではなく、小さい頃は一部分だけ髪を伸ばして成長すると切るのである。

〈フエ王宮〉

フエ王宮はベトナム最後の王朝、グエン朝が13代にわたって繁栄した場所である。1993年、世界遺産に認定されたフエの古都の中でも最高峰の建造物であるが、戦争の影響で破壊され復元されている。王宮内は金などで装飾されていたが、これも戦時中に敵国に奪われてしまった。王宮には龍をあしらった装飾品が多く現地ガイドさんの話だと龍は皇帝の象徴らしい。

〈トゥドゥック帝廟〉

トゥドゥック帝廟はグエン朝の4代目皇帝トゥドゥック帝の別荘地兼墓所であり中国式建築である。別荘だったこともあり、自然に囲まれ非常に落ち着いている場所にある。しかし、本当にこの場所に皇帝の亡骸があるとは限らないらしい。なぜなら、皇帝を埋葬するとき宝物や装飾品を一緒に埋めるため盗難の可能性があるからである。

〈カイディン帝廟〉

カイディン帝廟はグエン朝の12代目皇帝カイディン帝の墓所であり、フランスの統治下時代に建築されたためフランス風建築になっている。カイディン帝廟はフエ郊外にあり、自然に囲まれている。階段の数が多く頂上からの景色はなかなか良いものであった。帝廟の中にはカイディン帝の写真や遺品などが展示されていた。

上田


6.「ビール工場見学」

フエ滞在の最終日、私たちはCarlsbergのビール工場見学を行いました。ビールを作る工程を見学することが主な目的であったはずでしたが、私たちはここで思わぬ経験をすることとなりました。その一つ目がすべての説明を英語で聞くことです。ガイドの方は見学のすべての行程で英語を使用しており、初めは戸惑いましたがよい勉強になりました。普段の日常会話ではある程度聞き取り質問することはできても、ビールの製造工程を英語で聞き取ることは難しく、珍しい良い経験になったと感じています。

そして何よりも驚いたことは、見学の全行程で私たちにスパイが付いて回っていたことです。ベトナム政府が日本人の訪問を警戒しているとのことで、テレビや映画で見るような現実に私は驚きを隠せませんでした。日本ではありえない光景に、ベトナムという国の社会を学びました。

ビール工場見学を通して、製造過程や企業の歴史のみならず、言語や国の文化・社会等、様々なものを肌で感じて学ぶことができました。

山本


7.「ホイアン旧市街見学」

ビール工場見学の後、私たちはフエを出発し、ホイアン旧市街を訪れました。ホイアンは16世紀から17世紀にかけて南ベトナムの貿易の中心部であり、日本をはじめ中国やオランダ、インドなどさまざまな国から商人が訪れる街でした。街には当時のユニークな建物、神社や橋さらには宮殿までが以前のまま残っており、その歴史的価値から、1999年に世界遺産に登録されました。

街の雰囲気は独特で、フエに約一週間滞在していた私は、同じベトナムという国にいる気がしませんでした。

しかしそのなかで、ベトナムの昔ながら文化のみならず、日本を初めとするさまざまな他国との、古くからのつながりを感じることができました。

山本




4.感想「スタディツアーを通して」

私にとって今回のスタディツアーは人生初めての海外であったため何をするにもほとんどが初めての経験だった。気候、食べ物、交通法規、服装、街並みなどそれらを経験し自分がいかに日本という国に甘えて生活してきたのかを実感した。一年を通し過ごしやすい気候、安心して飲める水道水、安全な道路、日本の豊かさを挙げればきりがない。自分が思う当たり前は当たり前なんかじゃないというのを実際に感じることが出来た。

このスタディツアーの感想を聞かれたら私は迷わず「楽しかった」の一言を答えるだろう。私たちが支援している子供たちや同世代のベトナムの学生との交流、日本にはない少数民族の村への訪問など、刺激的なことが多かった。この刺激というのは現地に行き、自分の目で見て自分の肌で感じたからこそ得ることが出来た。こういう経験が私自身の財産となり今後に活きてくる。ツアーに行って終わりにしないように生活していきたい。

上田


この旅を通して、一週間という短い時間のなかで、非常に多くのものを肌で感じ、そして学ぶことができました。正直初めは、学生の参加が自分自身を含め二名ということで不安がありましたが、今振り返るとその分先生方から吸収できたことも多く、非常に有意義な時間を過ごすことができたと感じています。

自分自身途上国を訪れること、またストリートチルドレンと会うことは初めての経験で、スタディツアーに参加する以前は、それは教科書のなかの世界でしかありませんでした。しかし今回実際にベトナムを訪れ、普段サークルで関わらせていただいている子どもたちに会うことができ、その実情を知ることができました。我々の活動が何故行われており、また最終的にどのような結果を生み出しているのかを学ぶことができ、活動に対しての一層の責任とやりがいを感じることができました。また子どもたちと触れ合い、さまざまな困難を抱えて生きてきた彼らが、未来に多くの夢や希望を抱いて生きてほしいと強く感じ、改めて自分が今、そしてこれからの人生の中でできること、またしていかなければならないことを考えさせられるきっかけとなりました。

さらには子どもたちとの出会いのみではなく、この旅を通して、現地の大学生やスタッフの方々、少数民族の方々、さまざまなフィールドで活躍されている先生方と関わることができ、非常に多くのことを吸収させていただくことができました。一期一会、普段あまり会うことのできない方々だからこそ、その時間を大切に、価値のある時間を過ごすことができたと感じています。

このような素晴らしい経験をすることができたのは、生田目先生、中島先生をはじめ、旅に御同行いただいた方々、現地でお世話になった方々、学生・子どもたち、その他この旅で関わらせていただいた多くの方々のおかげであると考えております。この場をお借りし、お礼申し上げますとともに、この経験をこれからの人生のなかで、本当の意味で価値があるものに変えていくのは自分自身であり、またそれがお世話になった方々への恩返しになると考えておりますので、これから責任を持って、この経験を学生生活の中に還元していきたいと思っております。

山本